技術者としての原点
幼少期と学生時代に形成されたモノづくりの視点
吉田
まずは、ご出身や幼少期の環境が今のお考えに与えた影響をお伺いしたいと思います。
稲葉
茨城県筑西市の生まれで、その後すぐに川崎の武蔵新城へと移り住みました。隣には富士通のエンジニアであった池田敏雄さんが住んでおられ、模型づくりの手伝いに毎日のように駆り出されていました。試作→検証→改良の繰り返しを間近で見たことは、モノづくりの原点になったかもしれません。
吉田
学生時代の一番の思い出は何でしょうか?
稲葉
記憶に残っているのは大学紛争ですね。入学してからすぐに校門が閉ざされ、授業のない半年間でした。その間は、麻雀かバンドで時間をやり過ごしつつ、過ごしていました。今の新型コロナウイルスと同じような状況かもしれませんね。現代であればオンライン授業もありますが、当時はスマホもインターネットもなかったですから。
技術者としての土台を築いた10年間
吉田
社会人としての最初の10年間はいすゞ自動車に勤務されていたと伺っています。どのような経験をされたのでしょうか。
稲葉
藤沢工場で、プレス、金型、アッセンブリ、エンジン設計まで、幅広い工程を経験しました。
さまざまな工程を実際に経験したことで、技術者としての土台がつくられたと感じています。その意味で、いすゞ自動車には大変感謝しています。
世界初への挑戦
電動サーボ式射出成型機、開発の舞台裏
吉田
次にファナック入社後のことをお聞きします。今までの中で最も苦労されたことはありますか?
稲葉
そうですね、一番は入社してすぐに射出成形機の開発を命じられたことでしょうか。正直、何から手をつけるべきか分からない状況でした。なので、まずはドイツの展示会で世界水準の技術を学びました。当時の社長は競合でもある米ミラクロン社と協業することでの開発を構想していました。そこで私を含めて4名で渡米し、ミラクロン社から直接技術を学ぶ機会をいただきました。
吉田
競合から直接学ぶというのは面白いですね。
新しい開発に際して何か工夫された点などはありますか?
稲葉
ファナックとしては油圧式から電動サーボ式に変えた機器の開発を目指しました。渡米してから、昼は油圧式機械について学び、夜は宿舎でドラフターを広げて電動式の構想図を夜中まで製図するという生活を3か月間続け、技術を学びました。そして、日本に戻ると半年後には発表展示会を行うことを告げられます。30・50・75トンの3機種開発の発表展示というタスクが設定されましたが、なんと新入社員を含む7名の小チームで開発を進めることに。
吉田
その開発は上手くいったのでしょうか?
稲葉
なんとか11月の発表展示会までに3機種の開発が完了し、残るは記者発表。試運転の準備中に起動しないトラブルが起こりました。なんてことはない原因でしたが、工場の奥から経営陣が近づく足音と電源が立ち上がった時のドーンという音は今も忘れられません。
吉田
世界初の電動サーボ式射出成形機の開発エピソードの裏にはこんな話があったのですね。
ファナックを支える思想
「厳密」と「透明」、そして選択と集中
吉田
先ほどのお話もそうですが、これだけの会社をけん引するには様々なご苦労があったと思います。今、仕事を行う上で最も大切にされていることはありますか?
稲葉
ファナックの基本理念として挙げている「厳密」と「透明」ですね。
厳密は「手抜きをしない」こと。
透明は「判断の軸を示す」こと。
判断に迷えば「ファナックにとってプラスかマイナスか」で決めていくことで、徹底すれば後悔は残りません。
吉田
先日、御社のテスト工程を見学させていただきましたが、細かいところでも手を抜かない姿勢に感銘を受けました。是非、東京精密でも実践したい姿勢でした。
稲葉
他にも、ファナックでは「選択」と「集中」をキーワードに企業活動を展開しています。
「健全な企業体質となるように選択し、集中して掘っていく。」
規模の拡大よりも永続性―この順番を逆にしないことも大事にしています。結果として、他社が追随できない深さが生まれたと確信しています。
吉田
技術を追い求めた結果として、今の環境がつくられているのですね。
「one FANUC」とグローバル連携
全体最適で価値を生む組織づくり
吉田
企業としては「one FANUC」ということを打ち出されていると思いますが、具体的な取り組みや考えは何でしょうか?
稲葉
一つはFA・ロボット・ロボマシンを“最初から一体”で設計・提案すること。部門最適ではなく全体最適を取ることでシナジーを生み出す狙いがあります。もう一つは、世界どこでも同じ水準の技術・サービスを提供することです。
吉田
海外拠点で同じ水準を担保する鍵はどこでしょうか。
稲葉
技術と品質の標準化です。ファナックは、グローバル化を進めているところで海外関係会社のどこでも同じ技術と商品サポートの品質を標準化することを目指して取り組んでいます。
吉田
海外関係会社が多いとどうしても部署ごとに技術や品質に偏りが生まれてしまいますが、社内のセクショナリズムはどう防いでいますか。
稲葉
人事ローテーションを増やし、研究・工場・営業と相互連携の体制づくりを取り組みのひとつとしています。名誉会長がよく言う「ベクトルを揃える」は、ファナックとして総力を挙げて対応する体制ですね。
吉田
なるほど。“一体”で動くための体制ですね。東京精密のお客さまの中にも、親会社はアメリカに、工場は台湾や中国、韓国に所在するケースがあります。世界中でつながらないと難しいということで、似た取り組みを行っています。
品質を支える計測と自動化
信頼性をまもるための計測技術
稲葉
商品サポートの品質標準化に加えて、品質保証にもこだわっています。何より、故障でダウンするのがお客さまにとっては一番のダメージとなります。壊れないこと、この信頼性が大事ですね。そのように考えると工業製品、機械部品というのは計測ありきのものと言えます。一つひとつの部品がきちんとした精度を持っていること。ファナックでは、49台の三次元座標測定機を使用していますが、東京精密の計測機器がなければ、現在の品質は維持できないわけですよね。
吉田
ありがとうございます。ファナックのグローバル展開のベースとなる、品質の維持のお役に立てれば光栄です。
稲葉
三次元座標測定機を工程に組み込み、自動化できたことは非常に助かっています。一方でファナックはNCメーカーですから、加工物の3次元CADデータから工作機械を動かすために、CAMを使ってプログラムします。現状では、三次元の自動測定時に当たるCAMがまだない。せっかく三次元CADデータがあるので、自動計測のプログラムを自動で吐き出せるCAMに当たるようなソフトがあるといいなという、現場の声も聞いています。
吉田
まだ100%の出来ではありませんが、自動的に吐き出せるようなアプリケーションを開発しています。今後はもっと進化していくと思いますが、理想は技術がCADデータを作ったら、そこからオンラインでアップロードし、自動的にプログラミングして動くようなモデルにしたいなと思っています。
日本のモノづくりを未来につなぐ
GX・AI・自動化が担う次の役割
吉田
GXや脱炭素の時代に、ファナックが果たせる役割をどう見ていますか。
稲葉
もとより自然を大事にすることは会社の基本方針のひとつです。一方で、GXと呼ばれる動きは新しい取り組みといえます。緑化率を向上するため自然を可能な限りで残していこうとしていましたが、これだけでは不十分です。GHGの排出を減らすことに積極的に動いていかないと難しい。現在では成果も随分とあがってきました。
吉田
環境に関する課題は、意識的に取り組まなければ改善につながりませんよね。
モノづくりにおいては、今後は計測データの活用やAI連携が重要になってくると考えていますが、お考えを伺えますか。
稲葉
例えば、3DCADから自動で計測プログラムを生成し、製造ラインの測定データを加工機にフィードバックして補正する。さらに、寸法変化の要因をAIで推定し、刃具摩耗や環境変動を予兆保全につなげる―そんな流れを加速させたいと考えています。過剰品質を避け、必要十分の精度で最短距離を狙うのが理想です。
吉田
そうですね。フィードバックのポイントをおさえることで、見えてくるものがあるかもしれませんね。ちなみに現在は、設計へのフィードバックやトレーサビリティはどこまで進んでいますか。
稲葉
鋳物などには個体識別のQRコードマーキングを施し、プロセスごとの履歴を追えるようにしています。これが設計側の公差設計の見直しや、過剰な厳密さの是正に効いてくる。長いループの最適化に挑みたいですね。
吉田
ありがとうございます。将来的には長いループの中で上流から下流までの傾向管理につながり、自動的にフィードバックができるとよりお役に立てるのではと思います。
日本の製造業を守り続けるために
自動化が支える国力と「つくれる体制」
稲葉
現在、国内の労働人口が減る中で製造業を維持する鍵は自動化です。極端な冗談ですが「ロボットに住民税を払わせればいい」と言うことがあります。それくらいの社会制度の発想転換が必要だという話ですが、日本が外貨を稼ぐ力を保つためにも、国内で自動化を推進して“つくれる体制”を強化し続けることが重要だと考えています。
吉田
日本の国力を維持して、モノづくりは日本に残すために自動化をしながら、国土強靭化に対応していくのは必要だと。今回、ファナックの工場見学でロボットがロボットをつくる様子を見ながら、名誉会長様が以前から海外で生産する気はないと仰っていたことを思い出しました。ファナックで目指されている新たなモノづくりの可能性を測定機器の面からご提案できるよう、東京精密も全力を尽くしてまいります。

株式会社東京精密 代表取締役会長
吉田 均
1983年4月
(株)東京精密 入社
2002年4月
計測社執行役員 汎用計測グループリーダー
2005年4月
計測社執行役員常務
2005年6月
取締役就任
2015年4月
代表取締役社長CEO就任
2022年4月
代表取締役会長CEO就任
2025年6月
代表取締役会長就任(現任)
2016年
NDマーケティング大賞受賞
2020年
日本精密測定機器工業会会長就任(現任)
ファナック株式会社 特別顧問
稲葉 善治
1973年4月
いすゞ自動車株式会社 入社
1983年9月
ファナック株式会社 入社
1989年6月
同社取締役就任
1992年6月
同社常務取締役就任
1995年6月
同社専務取締役就任
2001年6月
同社代表取締役副社長就任
2003年6月
同社代表取締役社長就任
2016年6月
同社代表取締役会長兼CEO就任
2019年4月
同社代表取締役会長就任
2023年6月
同社取締役会長就任
2025年6月
同社取締役退任 特別顧問就任(現任)

ファナック株式会社
1972年、富士通株式会社よりNC(数値制御)部門が分離・独立し、富士通ファナック株式会社として設立。
CNC(コンピューター数値制御)装置やサーボモータなどのFA部門を主軸に、その基本技術を応用してロボット事業、ロボマシン事業(小型マシニングセンタ、電動射出成型機など)を展開。
IoT/AI技術をこれら全ての分野に積極的に適用するとともに、商品の生涯保守サービスの提供を行い、お客さまにおける工場の自動化と効率化を推進し、国内外の製造業の発展に貢献し続けている。
本社:〒401-0597 山梨県南都留郡忍野村忍草3580
https://www.fanuc.co.jp
※2025年9月時点の情報です。